モルダナ20150606

咲き方からタイマツにたとえられるモルダナ
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憲法第九条の平和主義と安倍政権の積極的平和主義は相容れない。

安全保障法制の審議の中で行われた参考人聴取において、招致された三人の学者の三人ともが集団的自衛権行使は憲法違反であるという意見を述べられた。学者としての論理的考察と歴史認識からすれば現行憲法下では個別的自衛権だけが認められるということだろう。まったくごもっともな意見だと思う。

 では、学者の憲法解釈と政治家の憲法解釈の違いとはなんだろう。ここで大切なことは学者の憲法解釈と政治家の憲法解釈は同一であるのが当然当り前であるということだ。これは見方を変えると理論物理学者と実験物理学者の違いに似ているし、選挙制度と一票の不公平の問題にも似ている。真実はひとつしかない。いやいや条件の数だけある。そういう議論にも似ている。

 現行憲法第九条は以下のように書かれている。
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


現行憲法は第二次世界大戦の結果、アメリカを中心とする戦勝国が日本に押し付けたものだという。日本はポツダム宣言を受け入れ無条件降伏をし、多くの国民が聖戦と信じた戦争がじつは日本軍国主義者の横暴であり、国民はその犠牲者であったという事実を知った。そして日本全土を占領したGHQは日本の再生を担う任務があった。こうした状況下でGHQは憲法草案を提示した。被占領下の日本政府はこの案を軸に新憲法を発案し、大日本帝国憲法を改正するという形式で発布された。故に、押し付けられたということ自体、間違いとは言えない部分がある。

そして、憲法の理念通り70年もの間、日本政府は他国の国民の誰ひとりも殺害することなく、またひとつの戦闘行為もなく平和の道を進んできた。戦争はこの地球上での最大の悪であろう。それゆえ憲法第九条はノ-ベル平和賞の候補になったのだ。この方針を大転換し戦争を容認し、自ら戦争に参加するような国家にするために憲法第九条の解釈を変更する必要などあるとは思えない。

中国や北朝鮮が攻めてきたらどうすのだ! という話題を聞く。自国を守る権利は日本にも当然ある。だからこそ自衛隊がある。またアメリカとの間には軍事同盟も結んでいる。しかし、いざ戦争となるといくら集団で日本を防衛するといっても、ミサイルで原発を狙われたらオシマイではないかと思う。

 70年の試練に耐えて、憲法第九条は日本国民の生活を平和なものになるよう支えてくれた。この崇高な理想は子供たちにしっかり伝えないといけない。
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えんてつ

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兵庫県の中山間地域に夫婦で住んでいます。
2015年3月に現役リタイヤ-しました。
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