変化をみることの意味

 花を育てたり、魚を飼ったりすると観察することが楽しくなる。蕾が上がってきたり、卵を産んだりすると楽しさが嬉しさになる。観察するというのは変化をみることだけど具体的にどこをどう見るかということが大切だと思う。花や魚の場合でも観察の切り口は色々だ。植物ならば、茎の伸び具合とか葉の色とか花の大きさや形、種のでき方など考えると切りがない。

 ところで、この変化を考えるとき、意識せずとも自然に判断していることがある。ひとつの基準があってそれに照らし合わせてどうなのかという見方になる。そうした基準というか標準を頭にいれて物事を判断してアクションにつなげるという状態は通常の状態だといえる。

 では、こうした通常状態を維持できないときというのはどういう状態だろうか? 社会学の古典では、「数量的な変化は質的な変化になる」という格言がある。これは生活の隅々にまで適応されると思う。たとえば、花の鉢数を考えると、鉢数が少ない時は水遣りにもさして苦労はない。しかし、鉢数が増える(量的な変化)と水遣りが大変だということで、時間が足らないとか、水道代が馬鹿にならないとか、鉢の置き場に不自由するとか、質的な問題を生じる(質的な変化)。メ-ルでも迷惑メ-ルの数が少ない間はなんとか処理できるが、どんどん増えてくると処理できなくなる、これも迷惑メ-ルの数の量的変化が、迷惑メ-ルの処理という質的な変化に繋がる。

 泥棒さんがいて、大金を手に入れたが、多すぎて運べない、こんなことも数量的な変化(大金の強奪)が質的な問題(お金を運べない)を生み出したことになる。

 このお話、しごく当たり前のことだが、日常生活のすべてに繋がることなので、何かのことで数を増やしたり減らしたりするときには、質的変化にどう繋がるかということを推察・予想して対応策を考えておくことが大切です。

 そして、これが言いたいことなんですが・・・・・国の政治も同じことが言えます。少子高齢化、個人消費、国際情勢、消費税・・・・・その場その場の目前の対策ではなく、「数量的な変化は質的な変化になる」という見方をして、問題になる以前に、対策するのが役人の仕事だと言いたい。お金が足らないから税金を増やす、こんなことは小学生、否、幼稚園の子供でも・・・・あぁ、これ以上書くのは止めときます。
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兵庫県の中山間地域に夫婦で住んでいます。
2015年3月に現役リタイヤ-しました。
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