2017-1-21りく2

りくちゃんも雪が大好きです。

このブログは休止状態にありますが、今年はワン公と畑とホンモロコのことを中心に記録を残してゆこうと思います。
こちらに母が来てから、畑で野菜を作って欲しいようなことになってきたし、ホンモロコの養殖技術もさらにレベルアップする必要があります。

そして重要なことは、わたしたちの生活に一番関係のある政治への関心です。わたしは地域の役員をしていますが地域社会も個人生活も政治に左右されているのに関心が低い。少なくともわたしたちの税金がどのように使われているか、わたしたちの生活を守り便利になるように使われているのか・・・・関心を持たざるを得ないことです。これに関しては右も左もありません。たとえば、沖縄県民の意向を自公政権が無視していることを批判している右の人も多い。ただガムシャラに自分の立場に固執する人もいますが、人間には寿命があり、この歳を重ねることはまさに普遍的なことで、人が歳をとるとどうなるのかということを知らないといけない。ちなみに、わたしたちの財産は、富ではなく心と遺伝子だというのが今のわたしの想い

パソコンの開発当初は電子計算機と呼んでいた。その後、人類は電子計算機を進化させ生活の片腕として利用してきたが、あくまでも機械ということで、ぜったいに心や遺伝子の仕組みを組み込んではならない。心とは生命のもつ生物としての判断力というか感情のようなもので、遺伝子は無機物の集合体でありながらある順番に並んだときにのみ動き出すパスワ-ドに近いものだといえるだろう。

ところで、敵対意識が持続すると相手を倒すことに多くの労力を掛けることになる。歴史の中はそうした争いがいたるところに存在している。そして、後世の者は客観的な第三者でありながら、そういう立場に立てないことも多い。
江戸時代の人で、今の広島で育った人に頼山陽という人がいた。彼は天才と呼ばれてはいたが性格的に少し常軌を逸するところがあったようで諸国を流浪した。彼の有名な詩に「不識庵機山を撃つの図に題す」というのがある。不識庵というのは上杉謙信の法名で、機山というのは武田信玄のことだ。


「不識庵機山を撃つの図に題す」  (頼山陽 作)          
鞭聲粛々夜河を過る(べんせいしゅくしゅくよるかわをわたる)
暁に見る千兵の大牙を擁するを(あかつきにみる  せんぺいたいがをようするを)
遺恨十年一剣を磨き(いこんじゅうねん いっけんをみがき)
流星光底長蛇を逸す(りゅうせいこうていちょうだをいっす)

意味は・・・・
上杉謙信の軍はひっそりと鞭音も立てない様にして、夜の内に千曲川を渡って川中島の敵陣に攻め寄せた。
武田側は明け方の霧の晴れ間に上杉方大軍が大将の旗を中心に守りながら迫ってくるのを見つけた。
謙信はこの十年のあいだ一ふりの剣を研ぎ磨いて、その機会を待ったのであるが、
流星のようにうち下ろす刃の下ではあったが、ついに強敵信玄をとり逃がしたのは無念至極なことであった。

頼山陽は、200年ほど前の軍の図を眺めながら、この戦いでは謙信は信玄を討ちとることができなかったが、
その心中を察すると、誠に同情にたえないということだったのだろう。

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